-藤堂1- 「無人島なう」 と、打ったところで圏外だからどこにも送信できないのだが。
透き通った海。白く輝く砂浜。南国気分を盛り上げる森林。 そしてそこに漂流してきた俺。
いやいや、とりあえず落ち着け。現状を確認しよう。 @俺は夏休みを利用して南の島ツアーに出かけた。 A船で本島から離島へ行くプランの最中に転覆して現在に至る。
幸い記憶はしっかりしている。小説定番の「記憶障害」じゃなくてよかった。 俺は藤堂圭一 25歳 大学を出てごく普通の会社に勤める3年目 よし、大丈夫だ。
しかし、あのくらいの風で転覆する船はどうかと思うぞ? 確かに強風ではあったけど、お世辞にも「大嵐」とはいえない強さだ。まぁ格安のツアーだから仕方ないといえば仕方ないのだけど。ケチらないでもっといいツアーをとればよかった。
さて、勢いで「無人島」といったけど、正直無人島である可能性は低いと思う。 周りに人がいる気配がないので思わずつぶやいたがツアーの人が一緒にいるかもしれないし、この辺一帯が観光メインの島だから現地の人だっているはずだ。 携帯は圏外だが――水没しなかっただけましか。最近の防水機能はすごいな――どこかで人に会えれば、観光客が迷い込んだとわかってくれるだろう。 会話には苦労しそうだが、まぁしょうがない。
浜辺でそんなことを思っていると、少し離れた繁みに人がいるのを発見した。 「お! ツアーの人か?」うれしさのあまり独り言をつぶやきながら俺はその人影に向かって走り出した。
近づくとはっきりしてきた。間違いなく人だ。それも日本人っぽい若い女の子だ。 といっても俺と同い年くらいだろうか。ここでかっこいいところを見せておけばポイントアップ間違いなし。 「お姉さん、僕がいるからもう心配は要りませんよ。」なーんて言ったら「あら! 圭一さんステキ!」なんて展開になるかもしれないな。と妄想しつつ声が聞こえるくらいまで近づいた。
「大丈夫ですか? ツアーに参加していた人ですよね?」俺は女性に話しかけた。 ところが帰ってきた返答は意外なものだった。 「あぁ、圭一も無事だったのね。」 ――あれ? こいつ俺のことを知っている!?
-陣内1- 「なにビックリした顔してるのよ。まさか私のこと忘れたんじゃないでしょうね。」 「そ、そんなわけないじゃないか。」 「じゃあ私の名前言ってみなさいよ」 「えぇと、その……」 目の前の男は黙ってしまった。 それもそのはず。この男が私の名前を知っているはずないのだから。 私が適当に言った「圭一」という名前がたまたま当たっただけなのだ。 いや、正確に言うとまるっきり適当でもないんだけどね。 さっきまでいた女の子、武田さんの彼氏の名前「圭一」ってのを冗談で言っただけなのにこの男の慌てよう。 まさか本当にこの男が圭一なの? いや、それなら「なんでお前が俺の名前知ってるんだ?」と言い返してくるはず。 驚きすぎてそこまで頭が回らないのかしら。 まさか記憶障害なんてことはないわよね? 漂流して記憶障害だなんて小説の読みすぎかしら。いや、でもこの状況はおもしろそうね。少し遊んでやろうかしら。 目の前の男がしどろもどろになってる数秒の間に、私はそんなことを考えていた。 「俺、あなたと知り合いでしたっけ?」男が聞いてきた。 「何よ、彼女の名前忘れるなんて最低の彼氏ね。冗談は顔だけにしてよ。」 「……!?」 下手な芸人よりよっぽどおもしろいリアクションが返ってきた。思わず笑いそうになるが、ここで笑ってしまったら作戦の元も子もない。ガマンガマン。がんばれ私。 「陣内蘭子、あなたの彼女よ。どう? 思い出した?」
その後のやり取りをまとめると、男は自分の名前や住所、いままでの経緯はきちんと覚えているが、私の記憶だけはないということだ。「一緒に来た相手のことくらい覚えておきなさいよ。」と鎌かけたが「そうだよな、一人で来るわけないよな。ごめん」と言うだけだった。どうやら本当にその部分は記憶がないらしい。 そりゃそうよ。私はあなたの彼女ではないのだから。記憶があるほうが問題だわ。
あーあ、武田さんがかわいそうだなぁ。と心の中で思う私だったが、もう少し遊んでやろうと私の中の意地悪心が出てくるのであった。
武田さんというのはこの男、藤堂圭一の本当の彼女である。 離党ツアー中に転覆した船に乗っていた私はこの島に着いたときに1人の女の子に助けられた。 「大丈夫ですか〜!?」 そういって倒れていた私を気づかせてくれたのが武田愛だ。彼女もこのツアーに彼氏と参加していたらしいが、一緒に海に放り出されたようだ。 助けてもらってから2人で雑談をしていると「圭ちゃんはね。あ、圭一って言うんですけどー」といってご丁寧に彼氏の名前まで教えてくれた。 その時は「ちくしょう、のろけやがって。所詮この世の男はあんたみたいな天然っぽい女が好きなのよね。」と、僻みっぽくなっていたが、まさかこんなにおもしろい状況になるとは思いもしなかった。
そのとき名前を聞いていた「圭一」を近寄ってきたこの男に適当に言ったところまさかのビンゴ。こんなイケメンなら本当に私の彼氏にしちゃおうかしら……なんていう算段が私の中に浮かんだのだった。
遠くから「陣内さーん」と呼ぶ声が聞こえてきた。武田さんだ。 「あの子は誰ですか?」圭一が聞いてきた。 「武田さんよ。覚えてない?」と白々しく答えると、数秒考えたのち「いや、知らない人ですね。」といった。 藤堂圭一がこう答えたとき、私はもう少しこの状況を楽しむことを決めたのだった。
-武田1-
草むらから陣内さんのいた浜辺に戻ると、横に男の人の姿が見える。まさか圭ちゃん!? 「あ! 圭ちゃん! 無事だったのね!」と、私が聞くと圭ちゃんは意外な返事した。 「あ、どうも武田さん。はじめまして。」 ――あれ? はじめまして? 「こちらは圭一くん。私の彼氏。」続けて陣内さんがそんなことを言うもんだから私の頭はパニック状態に陥った。圭ちゃんがはじめまして? 陣内さんの彼氏? あれ? 私の彼氏じゃなくて? あれあれ? 「なんか武田さん混乱してるみたいですよ。」圭ちゃんがまるで他人事のように言う。 「へんねぇ、さっき私としゃべってたときは普通だったのに。やっぱり船から落ちたときのショックでどこかおかしくしたのかしら?」
あれ? ちょっとまって? どういうこと? えーっと、陣内さんはわかる。さっき会った人だ。私と同じく船に乗って漂流しちゃった人だ。 その隣にいるのはおそらく圭ちゃん。私の彼氏。私に会いに来てくれたんだ。でもさっき陣内さんが彼氏とか言ってなかった? ……まぁ圭ちゃんに確認すればわかるわ。
「あの〜」まだ混乱は収まらないが、私は思い切って質問してみることにした。 「圭一君だよね?」 「はい、僕は圭一ですが。」 OK。ここまではあってる。 「私の彼氏ですよね?」 「え!?」 圭ちゃんはいままで見たことのないビックリした顔をした。人間ってビックリすると本当に目って飛び出るんだな。と私は思った。いや、そんなこと思ってる場合じゃないんだけど。 「そう……なんですか?」と聞かれたので、「そう……だと思いますけど……」と、答える。お互い自信のない声だ。 おかしいな? 確かに私が彼女なはずなのに。私まで自信がなくなってきた。
いや、そんなはずはない! 圭ちゃんは私の彼氏なのだ! とても頼りになる自慢の彼氏なのだ! このツアーも私がなにげなく「たまにはきれいな海にでもいきたいねー」といったら圭ちゃんは私のために旅行の計画を立ててくれたのだ。しかも私も圭ちゃんもお金がないからと飛び切り安いツアーを探してきてくれたのだ。 いつも困ったときは頼りになる圭ちゃん。その圭ちゃんがこんなに情けなくなるなんて…… 転覆のショックを受けているとはいえ、ちょっと残念だな……
「ちょっと待ってよ。」いきなり陣内さんが割ってはいってきた。 「圭一は私の彼氏よ。あなた何言ってるの?」陣内さんのセリフが私の混乱に拍車をかけた。 「え? でも私、圭ちゃんの彼女ですもん!」私の頭は混乱しているが、コレだけは確かな情報なはずだ。 2人がそんな言い争いをしてると、今度は圭ちゃんが横で私以上にパニックを起こしてるみたいだった。 「俺二股してるの? もしかして修羅場なの?」とぼけているようだけど、どうやら本気みたい。いつもの圭ちゃんはこんなにとぼけた人じゃないのに……
「もしかしてさぁ、あなたも記憶障害なんじゃないの?」 ――! 陣内さんのそのセリフに私はまた混乱した。あなたも? も? 「どうも圭一は記憶障害らしくて私が彼女だって覚えてないのよ。武田さんも記憶障害で圭一が彼氏だと思い込んでるんじゃないの?」 「え! そんなはずないですー! 私は圭ちゃんの彼女ですよ!」 「でもその圭ちゃんとやらが覚えてないというんだから証明の取りようがないわね。」 確かにそうだ。 ――あれ? でもちょっと待って? 「でもそんなこと言ったら陣内さんが圭ちゃんの彼女だってのが記憶障害だって可能性もあるじゃないですか!」良くぞ思いついた! 偉いぞ私! 「まぁそういうことになるわねぇ。」陣内さんはため息をつくように言った。
-藤堂2-
なんだか事態は思ったより意味のわからないことになってきた。 とりあえず現状を確認しよう。 @ ツアー中に船から放り出された。 A 誰と来ていたか俺には記憶がない。 B 俺の彼女と名乗る女子2人と出会う。 C どっちと付き合っていたか思い出せない。もしくは二股?
俺は二股をかけるような性格ではないので、おそらく二股はないだろう。 ということはこの2人のどっちかが嘘をついてることになる。 いや、嘘というよりは記憶障害だろう。俺も自分が誰と来たのかがわからないが、それが冗談だったらどれだけいいことか。
しかし、これはおいしい状態かもしれないぞ? 陣内蘭子は口調はきついが、見た目はなかなか美人である。今流行のサバサバ系女子って言ったところだろうか。 一方の武田愛はなんというか、ふわふわしていて天然のかわいい女子。といった感じだ。 このどちらかが俺の彼女と言う時点で俺はなんだか満足である。 どっちがいいかな……愛のがかわいいけど、たいていあのキャラはめんどくさいところが多いからな。その点蘭子にはツンデレ要素が見える。こりゃ甲乙付けがたい。 話していると敬語なのに頭の中ではすでに名前で呼んでる俺である。
などと妄想しているとすっかり蚊帳の外に追い出されてしまった。俺はなんとか手がかりをつかもうと話に加わろうとした。 「陣内さん、武田さん、どっちが俺の彼女かわかりました?」我ながらなんと情けない質問だろう。 「そもそも、あんたがはっきりしないからいけないのよ。あと、その敬語やめてくれない?あなたに敬語を使われると馬鹿にされてるみたいで嫌だわ。」蘭子が答える。 「そうだよー 私のことだっていつも『愛』って呼び捨てだったじゃない!」 「あ、私も陣内って呼ばれなれないから蘭子でいいわよ。あなたもね」 「わかったわ蘭子さん。私も愛でいいですよー」
矛先が俺からよそに向いてよかった。 そんなことを思っていたら、ひとつのいい考えが浮かんだ。 「よし! とりあえずどっちが俺の彼女なのか確認しよう!」 「それができないから困ってるんじゃない。馬鹿ね。」 俺は蘭子が嫌いになりそうだった。これでツンデレでなくてツンのみだったら、たとえ本当に彼女だとしても愛に乗り換えたいところである。 それはさておき俺は思い浮かんだ意見を発表した。 「俺の趣味はなんだかわかる!? 俺の彼女なら俺の趣味わかるでしょ!?」 我ながらコレはいい質問だ。俺の趣味はスポーツ観戦なのだが、彼女なら絶対一緒に行くはずだ。 いや、行かずとも俺が「スポーツが好きだ」ということくらい知っているだろう。 俺はたいていスポーツを見ながら「あの攻め方はよくない。」とか「今の選手交代は意味がわからん!」とかよくしゃべるのである。 「自分でやってないのによく言うよ」といわれることもよくある。俺と付き合ってるのであれば、この俺のスポーツ薀蓄を一度は聞いてうんざりした記憶があるだろう。
「もちろんわかるよ〜なぜなら私は圭ちゃんの彼女ですから! ね? 蘭子さん!」自身満々に愛が言う。 「え? えぇ、まぁ。」蘭子も答える。 「じゃあ『せーの』で言うようにしよう。順番にすると不正が出るから。」俺は仕切るように言った。コレで正解がでれば、そっちが俺の彼女ということだ。なんだかめんどくさいことになったけど、これで解決だ。
自分で言うのもなんだがいいアイデアだったと思う。そもそも俺は意外と頭の回転が速いほうなのだ。勉強のほうはあんまり得意でなかったけど、発想性などでは会社でもなかなかの評価をもらっていた。 「状況を確認して、よりよい道を見つける。」コレが俺のジャスティス。 ともかくこれでどっちが俺の彼女がわかるはずだ。
「いくぞ、せーの!」 さて俺の彼女はどっちだ……?
「音楽!」「映画!」
……あっれー?
-陣内2-
――しまった! 私はあせった。まさかこんなアイデアを出されるとは思ってなかった。 しかたがないので数が多そうなヤツ「映画」と答えてみたが、さすがにばれてしまったか。 「ねぇ、どう? どっちが正解!?」愛がニコニコしながら圭一に聞いている。 「え、あぁ、うん。」どうも圭一のリアクションが悪い。 「圭ちゃん音楽好きでしょ? 90年代の邦楽が最高だーっていつもよく言ってたじゃん!」 「いや、確かに最近のより90年代のほうが好きだけど……」 何か2人のやり取りがおかしい。コレはまだチャンス!? 「あれ? 映画が好きなんじゃないのかしら?」私は白々しく聞いた。 「私たち付き合いだしたばかりだから、まだあまり出かけてないけど映画館には行ったわよね。てっきり映画が好きなのかと思ったんだけど。」 「あぁ、映画館デートか。確かに行ったかもしれないけど……」コレにもリアクションが悪い。 「どっちが正解なの?」待ちきれない様子で愛が聞く。 「ぶっちゃけどっちも微妙だ。どっちも嫌いでもないけど趣味というほどでもない。俺の趣味ってスポーツ観戦だし。」
よし、まだ試合は終わってない(笑)
-武田2-
「そんなはずないよー 圭ちゃん音楽好きだもんー」私はふてくされた。 そう、絶対間違えるはずがない! 圭ちゃんは音楽が好き! 洋楽ってカッコつけてるみたいでかっこ悪いじゃん、といって邦楽ばかり、しかも90年代が好きで私にもよく聞かせていた。 おかげで私も多少覚えてカラオケで歌ったりできるまでになったのだ。 確かにスポーツは中高とサッカーをやってたみたいだけど、見に行ったことは一度もないし、私の前ではそんな話はしなかったなぁ。
「そんなこといわれてもなぁ。」困った顔で圭ちゃんが言う。こんなに情けない人だったかしら? 「私たちまだ付き合いだして日が浅いからあなたの趣味の話とかあまり聞いてないわ。正直自信なかったもの。」蘭子さんが言う。 「愛ちゃんは自信があったみたいだけどどうもハズレみたいね。それとも誰か他の人と勘違いしてるんじゃないかしら? それか本当にあなたも記憶障害かしら。」 「……」なにも言い返せなくなってしまった。ホントに私記憶障害なのかしら。
「ま、まぁとりあえずどっちが俺の彼女かは保留ということで……」圭ちゃんがそう言った。 「そうね、とりあえずいつまでもここにいてもしょうがないから人を探しましょう。」蘭子さんも同意した。 私としては圭ちゃんの彼女という位置をはっきりさせたかったのだが、さっきのやり取りでどうも自信がなくなってしまった。でも、このままじゃどっちが彼女なのか曖昧なまま話が終わろうとしているじゃない! そんなのよくないわ!
「ちょ、ちょっと待って! やっぱりどっちが彼女なのかはっきりさせましょうよ! というか私が圭ちゃんの彼女なんですけど、どうしたら納得してくれます?」 「なによ、あなた。まだそんなこと言ってるの? さっきの質問でわかったでしょ? お互い彼女なら当然知ってるはずことを知らないんだから決められないじゃない。」 「いや、でも……」蘭子さんに正論で攻められて困ってしまった。圭ちゃんの趣味は音楽鑑賞で間違ってるはずはないのだから、きっとそれも圭ちゃんが忘れてるに違いないはずなのだけど……
「あの……ちょっといいかな?」圭ちゃんが話に入ってきた。 「もう! そもそも圭ちゃんがはっきりしないのがいけないんじゃない! なんで記憶障害になんてなるのよ!」つい本音が出てしまった。 「いや、そんなこと言われても……俺が記憶障害なのはどうやら確実みたいだけど、もしかしたら2人にもそういう部分があるかもしれないでしょ? だからここはみんなで協力して他の乗客を探して、俺らのことを知っている人に聞いたほうがいいんじゃないかなーって思うんだけど。今は俺の彼女がどっちかを話してる場合じゃないでしょ?」 「そんな……私、確かに圭ちゃんの彼女なのに……」 「そうよ、どっちだっていいじゃない。」蘭子さんが言った。 「圭一の言うとおり私たちだって記憶障害かもしれないんだから。その証明は私たちだけじゃできないでしょ? ここはまず他に人がいないか探しましょうよ。」
「……」私は2人からもっともな意見を出されて黙ってしまった。しかもあんなに仲良しだった圭ちゃんから「彼女がどっちかなんてどうでもいい」みたいな発言がでるとは思わなかった。記憶障害にしたってひどすぎる。確かに2人の言うことはあってるかもしれないけど…… 私は泣き出しそうになっていた。
と思ってると蘭子さんがとんでもない一言を繰り出した。 「何黙ってるのよ? トイレ? ならさっき行ったじゃない。」 「トイレ?」圭ちゃんが不思議そうに尋ねる。 「そうよ。私たちが最初に会ったときにこの娘いなかったでしょ? そのときはあの草むらにトイレに行ってたのよ。」といって遠くの草むらを指差した。 「ちょ、ちょっと! やめてくださいよ! 恥ずかしい!」さっきの感情に恥ずかしさがまじり、半分泣きながら言った。こんな草しかないところでトイレに行ったなんて報告されたら、恥ずかしくて逃げ出してしまいたくなった。 「なによ? 恥ずかしがることないじゃない。私は別に平気だけど。ってあなたトイレ報告されたくらいで泣いてるの? なにも泣くことないじゃない。ねぇ圭一。」 「そ、そうだよ、人間なんだからしょうがないよ。」 「ほら、圭一もそういってるじゃない。」
「もう! 二人のことなんか知りません! 2人で仲良くしてればいいじゃない!」 そういって次の瞬間この場から走って逃げた。 圭ちゃんに「どっちが彼女でもいい」的な発言をされた悲しさ。 それとこんなところでトイレにいったと知られた恥ずかしさ。 蘭子さんの同じ女の子とは思えない無神経さ。 しかもいろんなところで妙に意見の合う2人。 いろんな感情がごちゃ混ぜになってわけがわからなくなり、もうこの場にいたくなくなった。
「圭ちゃんのバカー!!」
そう叫びながら私は草むらのほうへ走って逃げていった。
-藤堂3-
とりあえず現状を確認……するまでもないか。追いかけるべきだろう。そもそもなんで俺が「バカ」と大声で言われなきゃならんのだ。ああいう天然キャラはめんどくさいことが多い(ソースは俺)のだが、まさに的中してしまった。 「お前のせいでめんどくさいことになったぞ。」俺は蘭子に言った。 「なによ、私だけのせいじゃないでしょ。とにかくあの子を追いましょうよ。向こう側に人がいるかもしれないし。」 そういうと、俺と蘭子は愛を追って歩き出した。 浜辺から草むらに入り、林間のデコボコした道を歩く。道は一本道なのでおそらく愛もここを進んだはずだ。
草むらを歩いている途中で蘭子といろいろ話した。 蘭子は基本的に口が悪いのだがちゃんとジョークとして成り立っているのであまり不快な感じはしなかった。まぁこれもジョークを理解できる頭の回転の速さのおかげなんだけどな! 世の一般男子であれば蘭子の嫌味な一言に激怒する人もいることだろう。 蘭子の彼氏は大変だ。いや、俺かもしれないのだが。
しかし、実際のところどっちが俺の彼女なんだろうか。 これは頭をフル回転させて考えてみたが決め手はなかった。 愛は俺への具体的な意見が多いが、なんだかピントがずれているような感じがする。 一方の蘭子はあんまり俺の情報を知らないような雰囲気がする。付き合って間もないようなので仕方ないといえばしかたないか。 俺が自分の趣味に関しても記憶障害があるのならば、俺に対して意見をどんどん言ってくれる愛が彼女のほうが現実感があるような気もする。しかしあんなにメンヘラな部分を見せられると正直メンドクセって感じがしてくる。もしかして乗り換えるなら今がチャンス? 元々蘭子が彼女だったのならば何の問題もないんだし……
俺がそんなことを考えながらデコボコ道を歩いていたら横から声がしてきた。 「ボーっとしてるみたいだけど大丈夫? 転ばないように気をつけてよ、バカは転んでも治らないわよ。」 しかし、蘭子が彼女だった場合、この口の悪さはどうにかならないものか。 いくら俺がツンデレ好きだと言っても、ツンデレの黄金比は「7:3」(自社調べ)最近は「デレは脳内保管するからツンのみでいい」なんていう強者もいるのだが、どうも俺は納得できない。 何とか蘭子のデレを引き出せないものかなぁ……
「この程度で転ぶわけないだろ。俺はこう見えても意外と運動神経がいいんだぜ?」 と言い返したその直後、俺は木の根につまづいて盛大にすっころんで頭を打った。
と、同時に脳に衝撃が走ったような感じがした。何かが頭に流れ込んできた。 「ホントにバカねぇ……」という蘭子。しかし数秒後、俺は頭を抑えてまじめな顔で立ち上がった。 「どうしたの?」と蘭子が心配そうに声をかけてくる。
俺は現状を確認した。答えが見えた。 そして1つ質問をした。
「俺の名前ってなんだっけ?」 -陣内3-
「はぁ? マジで言ってるの?」 「いや、マジメに。」 圭一の顔がマジだ。もしかして名前まで忘れちゃったの?? 「藤堂……圭一でしょ?」恐る恐る圭一の名前を口にだす。 「そう……だよな。 よしよし。」確認するような感じでうなずく圭一。どうやら名前の記憶をなくしたわけではないらしい。と思ってるとさらに質問が飛んできた。 「俺の趣味ってなんだっけ?」 何がしたいのかよくわからないが、ここは素直に答えたほうがいいような気がする。 「スポーツ観戦じゃなかったっけ?」 「そうそう。ってあれ? 今度は映画って間違えなかったね。」圭一がニヤニヤしながら答える。 「何わけのわからないこと言ってるのよ! さっきあなたが自分でいったんじゃない! 頭打っておかしくなったんじゃないの?」 「まぁおかしくなったというかよくなったというか。」 「意味わかんない!」 私はあきれて少し早足で歩いた。なんかからかわれているようでムカツク。頭打って本格的にアホになったんじゃないかしら。 スタスタと1人早足で歩いていると、道が終わり広場のようなところへ出た。 そこには、たくさんの人がガヤガヤしていた。 「あー! 蘭子さん!」 聞き覚えのある声がした。愛だ。
愛はさっきまでの泣きそうな顔と違い、今の顔はすっきりしているように見えた。 さっきのやり取りでちょっといじめすぎてしまった感じがして罪悪感があったので正直ほっとした。 もうネタ晴らししちゃおうかしら? あんまり悪役をしても損だし、いつかはばれるのだから。 正直圭一とのやり取りは楽しかったけど、圭一にはちゃんと愛という彼女がいるのだからこれ以上関係をおかしくするのはいたずらの範疇を越えてるな。と私は思った。
「あ、愛ちゃん。よかった無事だったのね。」 そんなことを白々しくいいながら、私はこのややこしい話を終わりにする決意を胸に秘めた。
-武田3-
蘭子さんを見つけてうれしさ2倍! 私は蘭子さんに駆け寄った。 「蘭子さんも来たんですね! よかった! 呼びに行こうと思ってたんですよ!」私はウキウキしながら話しかける。 「ここにいる人たちは?」 「みんなあの船に乗ってた人たちですよ。私たちがこの島につく前に、みんなすでに集まってたみたいです。私たちだけタイミングが遅れちゃったみたいですね。救助連絡ももうしたみたいなんで安心ですよ!」 「そうなの……よかった。あ、もうすぐ圭一もくるわよ。」 「あ、そのことなんですけどね……あ! 圭ちゃん!」 私はこっちに向かって歩いてきた圭ちゃんに向かって手を上げて呼びかけた。圭ちゃんは私に気づいてこちらへ向かってくる。 「こちらが私の彼氏の圭ちゃんです。」 「はじめまして。愛からさっき聞きましたよ。蘭子さんですね?」
-藤堂4-
「まったく、蘭子のやつは……」 愛に続いて蘭子にまで先を行かれてしまい、俺はノロノロと道を抜けた。 するとそこは広場のようになっていて人がたくさんいた。現地の人か? 救助された人か? そう考えていると、蘭子と愛らしき人を発見した。近くにもう1人いるようだ。 「あ、藤堂さーん。こっちですよー」愛が俺を呼んだ。俺は3人のいるほうへ向かった。
「藤堂さん、すみませんでした。こちらが私の彼氏の圭ちゃんです。」愛がご丁寧に説明する。 「話は愛から聞きました。藤堂さんですね? スイマセン、愛が迷惑かけたみたいで。」目の前の青年が答える。 背格好は俺に似ているが、俺よりもはるかに頼りがいのありそうなこの人の名前はおそらく―― 「圭一君……だね?」
「はい、そうです。佐藤圭一といいます。そしてこちらが彼女の武田愛です。」 「こんにちは。二度目まして。武田愛です。藤堂圭一さんの彼女ではありませーん!」愛がうれしそうにふざけていった。 「佐藤君か。はじめまして、藤堂圭一です。そしてこちらが僕の彼女の陣内蘭子です。」 「え? ちょっと何よ。」蘭子はいつものように不機嫌そうである。
えっと、とりあえず現状を確認しよう。 ここにいるのは4人。@俺こと、藤堂圭一。A陣内蘭子。B武田愛。C愛の彼氏の佐藤圭一君。 そう、この一連のめんどくさい事件の結末は単純そのもの。 単に俺以外に「愛の彼氏の圭一君」がいたのである。 年齢や背格好、髪型はやや似ている。が、普通間違えるか? と誰でも疑問に思うだろう。しかし話を聞くに愛はド近眼だそうだ。普段はメガネをしているのだが、波にのまれてどこかにいってしまったらしい。まったくもって迷惑な話だ。 初めの自己紹介のときにキチンと苗字を名乗っておくべきだった。いまさら後悔しても遅いのだけど。 おまけに「まさか違う人だなんておもいませんでしたよー なんだか圭ちゃんが急に頼りなくなった感じはしたんですよねー」といらない一言までつけてくれた。コレだから天然は嫌いだ。 救助の連絡もしてあるようだし、これで事件は一件落着。
……と思ったのだが、なんだか納得してない方が約1名。 まぁその理由は俺にはなんとなくわかるのだけど。
「ねぇ。」蘭子が俺に聞いてきた。 「はい、なんでしょう?」俺はわざとらしく答えた。
「私ってあなたの彼女なの?」
ほらきた。最初に自分で言ったのにね(笑)
-陣内4-
「そうだよ。最初に自分でいったんじゃん。」さも当然のように答える圭一。 「いや、確かに言ったけど……あれは……」 「ごめん、いじめるのはやめよう。」圭一は笑いながら言った。「たしかに俺はこの島に着いたときお前の記憶がなかった。しかし、あの細い道ですっころんで頭を打った時にすべてを思い出したんだよ。」 「それはなんとなくわかるわよ。なんだかあれから妙に態度が違うもの。」 「だから思い出したからだよ。俺の彼女は陣内蘭子だって。だから武田愛ちゃんは関係ないんだなって。」 「愛ちゃんが関係ないのはいいとして、私が彼女なのはおかしいでしょ?」 「なんで?」圭一は当然のように答える。 なんでもクソもない。だって私はあなたの彼女じゃないのだから。 圭一の彼女は愛ちゃん。話がかみ合わないのは、きっと圭一には彼女以外の部分でも記憶障害があるからだな。と納得していたのだけど。 圭一が記憶障害で私の記憶がなかったのはいいとして、私に圭一の記憶がないのはおかしいじゃない。
「だって、そしたら――」そこまで言って私はハッとした。 「そうだよ、お前も記憶障害だったんだよ。お前も俺と同じ。自分の彼氏、つまり俺に関する記憶だけなくなってたの。俺らって仲良しじゃね?」圭一はニヤニヤしていった。 「そ、そんなはずは――だって、私、あの娘の彼氏がこんなにイケメンだからちょっと遊んでやろうと思っただけで――」 「カッコイイと思ってくれてありがとうございます。」 「いや! そうじゃないでしょ! そ、そうよ! 私とあなたが付き合ってるっていう証拠はあるの? じゃなきゃこんなこと納得できないわ! いきなり彼氏とか言われても!」 私は混乱しきっていた。確かにそう考えれば辻褄は合うのだけど、どうにも納得がいかない。なにか納得できる説明がないと…… そこに佐藤君が話に入ってきた。
「僕、見てましたよ。船が転覆する前に、藤堂さんと陣内さんが仲よさそうにいるところ。い、いや、覗きとかじゃないですよ! 愛と2人でいたら、たまたま見えるところにいたんで。仲よさそうでしたよー。」 「……」思わず黙ってしまう私。 「それに、いいじゃないですか。今だってとっても仲よさそうに見えますよ。」 「そうですよー 私より蘭子さんのほうが藤堂さんにはお似合いですよー」愛が悪乗りっぽく言った。
「というわけなんだけど。納得した?」圭一が言う。 「話はなんとなくわかったけど、急に彼氏とか言われても……」正直まだ現実を受け入れられないでいた。 「じゃあ蘭子も転んで頭打ってみる? 記憶が戻るかもよ? あ、でもバカは転んでも治らないんだっけ?」 「バ、バカとはなによ!」 「そうですよ藤堂さん、あんまりいじめたら蘭子さんかわいそうですよー」愛が横から言う。 「まぁ正直な話、付き合ってるときもこんな感じだったしなぁ。じゃあもう一度ちゃんと告白します。それでいいでしょ?」圭一が言った。 「そ、そうね……」
残念ながら私の記憶は戻らないけど、付き合ってたというのはなんとなくうなずける。こういうようなバカなやり取りができる相手というのが私の好みなのだ。私は口調が乱暴なのでこんなにしゃべれる人もあんまりいなかったし。そうね、ここから初めて付き合ったと思えばいいのよ。ダメだったら別れればいいだけのことだし……
「陣内蘭子さん! 俺と結婚してください!」 そこまでの仲だったとは思わなかったわ……
-武田4-
流れ着いた島から無事に本島に戻った私たちはその後の観光は変更があったもののそれなりに楽しく過ごした。 とりあえず藤堂さんと蘭子さんは付き合い始めることになったみたい。 私たちともメアド交換をして、お互いわりと近くに住んでることがわかり「たまには一緒に食事でも。」と言葉を交わして別れたのでした。
そして無人島漂流事件から数ヶ月。 藤堂さんに時々メールするのだけど、「記憶が戻ってるのかどうかはわからないけど、蘭子の態度は旅行前とまったく変わらないよ(笑)」とのことだった。
藤堂さんは行動は頼りなさそうだけど、蘭子さんの記憶障害をすぐ気づいた人だから正直頭は切れる人なんだと思う。 本当の彼女なのに、記憶障害で自分が彼女のフリをしている。それを見抜けるのってすごくない? よっぽど蘭子さんのことを理解しているんだね。藤堂さんは。 そのことを言ったら「まぁ蘭子の中の「デレ」に気づけるのは俺くらいだしな。」って言ってた。頭は切れるけど、藤堂さんはきっとアホなんだと思う。 でも藤堂さんと蘭子さん。とってもお似合いだったしなー なんだかんだ言い合いしてても仲のいい2人って私の理想なのよね。
「おーい、愛いくぞー 遅れたらヤバイだろー」圭ちゃんの声。 「あ、はーい!」
私はそう答えて圭ちゃんとともに2人の結婚式へと出かけるのだった。今日はきちんとメガネをかけていこう。また圭ちゃんを見間違えたら大変だものね。
終わり。 |
蛇足的解説。 圭一と蘭子は初めから恋人同士だった。 圭一も蘭子も恋人同士だった記憶をなくしていた。 愛は目が悪いので圭一の顔を本当の彼氏と見間違えていた。 本当の彼氏も名前が「圭一」なので気がつかなかった。
あとがき 人物名は「無人島−アイランド」から取りました
無=武 武田 アイ=愛 人=陣 陣内 ラン=蘭子 島=藤 藤堂 ド =圭一
工夫したところ(自分でいうの?) ・実は蘭子が記憶障害だった。というオチ。 ・愛は途中で「圭ちゃんはこんなに頼りない人じゃない」といってる。=愛の彼氏の圭ちゃんは頼りがいのある人 ・ド近眼だけどメガネがない&漂流してテンパってるから顔を見間違えてる。 ・圭一は状況を整理して確認するのが好きで頭の回転が速い。なので記憶が戻ったとき蘭子のおかしい点にもすぐ気づいた。 ・最初の紹介のとき藤堂という苗字は蘭子には言ってるけど、愛には言ってない ・圭一と蘭子、初めに記憶障害と聞いて小説を思い浮かべている=2人の趣味が似てる。
残念なところ
ご意見ご感想お待ちしてます
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